M&Aの価格は“相場”ではなく“交渉”で決まる
「うちの会社を売るとしたら、いくらくらいになるのだろう?」
M&Aを検討する経営者から、最も多く寄せられる質問の一つです。
しかし、M&Aの譲渡価格に“明確な相場”は存在しません。
実際のところ、最終的な価格は売り手と買い手の交渉によって決まる「合意価格」です。
たとえば、売り手の社長が「創業から10年かけて育ててきた事業だから、数字以上の価値がある」と考えても、買い手は「今後どれだけの利益を生み出せるか」「どんなリスクがあるか」を中心に判断します。
この“感情と合理のギャップ”をどう埋めるか、ここにM&A交渉の難しさと面白さがあります。
特に中小企業のM&Aでは、上場企業のように明確な市場価格がありません。
そのため、「この業種なら営業利益の〇倍」といった目安はあっても、最終的には買い手がどれだけ魅力を感じるかで価格が変わります。
つまり、M&Aとは単なる数字のやり取りではなく、企業の価値と想いを“どれだけ正しく伝えられるか”が問われる交渉なのです。
また、中小企業のM&Aでは、財務データだけでなく「社長の経営姿勢」や「地域との関係性」「社員の定着率」といった“見えない価値”も評価の対象になります。
たとえば、利益率は平均的でも、「地元で長年信頼を得ている」「社員が10年以上勤続している」などの強みがある会社は、買い手にとって魅力的です。
こうした“無形資産”をどう伝えるかで、価格に大きな差が生まれます。
一方で、経営者にとってM&Aは人生で一度あるかないかの大きな決断。
「適正な価格で売れたのか」「もっと準備していれば高く売れたのでは」と後悔するケースも少なくありません。
だからこそ、譲渡価格の交渉に臨む前に、自社の“価値の整理”と“伝え方の準備”をしておくことが重要です。
M&Aは、単に「いくらで売れるか」を競うものではなく、「誰に、どのように事業を引き継いでもらうか」を考えるプロセスです。
価格の背景には、経営者の想い・従業員の将来・地域とのつながりといった、“数値では測れない価値”が存在します。

M&Aで使われる主な価格算定手法とその特徴
M&Aの譲渡価格は、単なる「勘」や「相場感」で決めるものではありません。
実際には、複数の算定手法を組み合わせ、「理論的に妥当な範囲(バリュエーションレンジ)」を導き出したうえで、最終的に交渉で価格が決まります。
ここでは、代表的な3つの算定方法と、それぞれの特徴を整理します。
① 時価純資産法(ネットアセットアプローチ)
最もシンプルな手法が、この「時価純資産法」です。
会社の資産(現金・不動産・機械・在庫など)から負債(借入金・買掛金など)を差し引き、“残った純資産”の時価ベースの金額で会社を評価します。
不動産業や製造業など、資産を多く持つ業態では有効です。
一方で、将来の利益や成長性は評価に含まれないため、利益の高い成長企業やサービス業には不向きです。
「清算しても残る価値」を把握できる一方、「稼ぐ力」を反映できない点がデメリットです。
② 収益還元法(DCF法・EBITDA倍率法)
会社の将来の収益力をもとに評価する方法が「収益還元法」です。
2つの代表的な手法があります。
- DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法)
今後数年間に生み出すであろうキャッシュフローを、現在価値に割り戻して算出します。
成長性の高い企業や、継続的な利益が見込める業種でよく使われます。 - EBITDA倍率法
営業利益(EBITDA=税引前利益+減価償却費)に、4〜6倍程度の倍率をかけて企業価値を求めます。
同業他社の取引事例を参考にしやすく、スピーディにおおよその価値を把握できるのが特徴です。
これらは、企業の「将来生み出す利益」に焦点を当てており、買い手が期待するリターンが価格に反映されます。
そのため、利益の安定性や事業の再現性を高めておくことが、価格上昇のポイントになります。
③ マーケットアプローチ(類似事例比較法)
この方法は、「市場で実際に取引された事例」をもとに、自社の価値を類推するものです。
たとえば、同業種・同規模の企業が「営業利益の5倍」で売却された実績があれば、それを参考に自社の価格を推定します。
ただし、地域や顧客層、事業の独自性によって同じ倍率が適用できるとは限りません。
そのため、マーケットアプローチは単独ではなく、他の手法と組み合わせて「現実的な価格レンジ」を算出するのが一般的です。
M&Aの現場では、これらの手法を単独で使うことは少なく、「資産価値+収益力+市場感覚」を総合的に判断して最終価格を導きます。
つまり、理論的な算定はあくまで“出発点”であり、その後の交渉によって最終的な譲渡価格が確定します。

譲渡価格を高めるために必要な“4つの準備”
「どうすれば、うちの会社を少しでも高く、納得できる価格で売れるのか?」
これは、多くの経営者がM&Aを検討する際に抱く素朴な疑問です。
譲渡価格は、単に売上や利益の大きさで決まるものではありません。
実は、事前の準備で“見え方”が変わることで、買い手の評価は大きく変動します。
では、譲渡価格を高めるために経営者が今から取り組むべき4つの準備とは何か。順に解説します。
① 財務の健全性を示す決算書の整備
まずは、数字の「見せ方」を整えることです。
中小企業では、節税を目的に利益を抑える決算をしているケースも少なくありません。
しかし、M&Aの場面では、「利益が出ている会社=安定している会社」と評価されます。
決算書を正しく整備し、経営の実態が分かるようにすることで、信頼性の高い企業として印象づけられます。
単に利益を出すことだけが目的ではなく、「なぜその利益が生まれているのか」を説明できる状態にしておくことが大切です。
財務の透明性は、価格交渉のベースとなる“信用”そのものです。
② 成長シナリオの提示(事業計画書の整備)
次に重要なのは、「未来を語れるかどうか」です。
買い手が最も注目するのは、過去の実績ではなく「今後どんな成長が見込めるか」。
5年後の売上や利益の見通し、将来の事業展開、業界トレンドへの対応などを明文化しておくと、企業の将来価値を数値で伝えることができます。
このとき、単に数字を並べるだけではなく、「なぜこの計画が実現できるのか」という根拠を添えることが大切です。
たとえば、「既存顧客の継続率が高い」「新規市場への展開が進んでいる」といったデータがあれば、買い手の評価が高まります。
③ 経営の属人化をなくし、仕組み化を進める
M&Aでは、「社長が抜けた後も事業が回るかどうか」が非常に重要な判断材料です。
つまり、経営の属人化は大きなリスクとみなされます。
社長が顧客対応・営業・仕入れなどを一手に担っている場合、引き継ぎ後の不安が高まり、価格が下がる可能性もあります。
社員への権限移譲や業務マニュアルの整備、管理体制の明確化を行い、「誰が引き継いでも回る仕組み」をつくりましょう。
この“組織としての自立度”が高いほど、買い手は安心して事業を引き継げるため、結果的に高い評価が得られます。
④ 無形資産(見えない価値)の可視化
M&Aで見落とされがちなのが、数字に表れない強みです。
たとえば、長年の顧客基盤、地域との信頼関係、ブランド力、社員の定着率。
これらは、財務諸表には載らないものの、買い手にとって非常に大きな価値になります。
「どんな顧客がどれくらい継続しているのか」「口コミや紹介で新規顧客がどの程度増えているのか」など、関係性の資産を整理して見せることで、買い手は“安心”と“将来の収益源”を感じ取ります。
これら4つのポイントを整えることは、単に譲渡価格を上げるだけでなく、「この会社を引き継ぎたい」と思ってもらう確率を高めるプロセスでもあります。
M&Aは、売り手と買い手の“マッチングの質”が成功を左右します。
だからこそ、数字の裏側にある経営の魅力を、丁寧に準備して伝えることが重要です。

金額だけでなく“想いを引き継ぐ”
M&AをM&Aというと、「いくらで売れるのか」「どれくらい高く評価されるのか」といった“価格面”が注目されがちです。
しかし、実際にM&Aを経験した経営者の多くが口をそろえて言うのは──
「大事なのは金額より、その後の引き継ぎだった」ということです。 どれだけ高い価格で譲渡できたとしても、承継後に社員が離れてしまったり、事業がうまく引き継がれなかったりすれば、経営者としての本当の満足にはつながりません。
M&Aは、単なる「売却」ではなく、経営のバトンを次世代へつなぐ“事業承継の一形態”なのです。
「人の引き継ぎ」がM&A成功のカギ
中小企業のM&Aで最も多いトラブルは、実は“人”に関するものです。
譲渡後、社員が将来に不安を感じて離職したり、買い手企業との文化の違いに戸惑ったりするケースは少なくありません。
このような問題を防ぐためには、価格交渉の段階から「人の引き継ぎ計画」を意識しておくことが不可欠です。
具体的には、
- 従業員への説明タイミングと内容を慎重に設計する
- 承継後の組織体制や雇用条件を買い手とすり合わせておく
- 経営者自身が一定期間残り、引き継ぎ期間を設ける
こうした取り組みを事前に整えておくことで、買い手・売り手・社員の三者が納得できるスムーズな承継が実現します。
「数字」と「想い」を両立させるM&Aを
私たちは、M&Aを「数字の交渉」だけで終わらせないことを大切にしています。
譲渡価格は重要ですが、それ以上に大切なのは、経営者がこれまで築いてきた想い・文化・信頼関係を次世代へどうつなぐかという視点です。
経営者が何を大切にしてきたのか、どんな理念で会社を守ってきたのか──。
それを理解してくれる買い手と出会えたとき、M&Aは“終わり”ではなく“新しいスタート”になります。
価格だけを追うM&Aよりも、想いを共有できるパートナーとのM&Aこそ、長期的に見て価値のある取引です。

【まとめ】納得できるM&Aのために、専門家と伴走を
M&Aを成功に導くには、
- 客観的な企業価値の算定(数字の整理)
- 経営の魅力を伝える準備(成長計画・組織化・無形資産の整理)
- 人・想いの承継を意識した交渉(引き継ぎ計画)
この3つの視点をバランスよく整えることが大切です。

しかし、これを経営者ひとりで進めるのは簡単ではありません。
だからこそ、第三者として冷静かつ中立に支援できる専門家の存在が重要です。
当社では、M&Aの価格査定から交渉、従業員説明や承継後の体制構築まで一貫してサポートし、
“数字も想いも納得できるM&A”の実現をお手伝いしています。
「自社はいくらで売れるのか知りたい」「M&Aの準備を始めたいが、何から手をつければいいかわからない」という方は、どうぞお気軽にご相談ください。
株式会社ライフクリエイトは、経営者の想いを大切にしながら、企業と人の未来をつなぐ“M&Aの伴走パートナー”として支援いたします。
外部CFO | LIFE CREATE サービス内容についてはこちらをご覧ください。



コメント